生活

いつだって今日の食費が一番安い。

猫が死んだ

猫が死んだ。正確には二週間か三週間前。もしかしたらもう一か月経っているかもしれない。そのくらい感覚がくるっている。月命日というやつをしてやらんといけないのだろうけれども、どうしてもカレンダーをめくってひと月ひと月の単位を確認したくない。日にちを確認するのは上の子の行事カレンダーや給食の献立や生協のネット注文の締め切りの曜日確認くらいで、大きくくくった単位での毎日を確認したくない。猫はメスだった。メスというか女だった。子どもと若い男に優しい女で、わたしにはなかなか厳しい奴だった。それでもあの女とわたしは10年弱一緒に過ごした。うちにきて三日目に脱走して、近所の顔と金玉の大きなボス猫と連れ立って過ごしている様子を目撃されるようになって、七日目に猫罠屋に借りた罠につかまって帰ってきた。ちなみに六日目にはその連れ合いだったボス猫が不細工な顔で罠にかかっていた。人間が確認しにいっても不細工な顔のままむしゃむしゃとささみを食べていた。帰宅してからあの女は急にしおらしくなった。そして夫のことを好きになった。ネコ科の動物は異性の人間に恋愛感情を抱くことがある。これが原因でその昔アイドルか女優をしていた美人が二回連続でネコ科の猛獣に首を食いちぎられかけた事件が起こったというのをテレビで観たことがある。そんな感じであの女は養女の立場にもかかわらず、正妻のわたしを敵視して、わたしの靴の中にだけゲロを吐いたり、夫と二人並んでソファに座れば文句を言いながら真ん中に尻をねじ込んでいたり、猫の額よりも小さい猫の足の甲をわざわざわたしの足の下に滑り込ませ踏ませ、痛い痛いと転がりまわる当たり屋行動を日々とっていた。それが変わったのはわたしが妊娠してからだった。子どもが産まれるまでにも猫は増えたし、引っ越しもしたりで、生活の環境は何度も変わって、そのたびにほかの猫は不安定になったり家の中の居場所を変えたりしていたのに、あの女だけは何も変わらなかった。それなのに、つわりに苦しむわたしの腹が膨らんでからは、わたしを踏むことも踏まれることもなく、エサの時間を忘れていても大声で文句を言うこともなく、常にわたしの腹の横にいた。胎児に聞かせようとしていたのか、わたしの腹にピタリとよりそって普段よりも柔らかくゴロゴロと喉を鳴らし、いや、喉を鳴らすという慣用句はあるけれども、実際のところ胸から腹にかけてを大きく震わせて、びっくりするくらいわたしの体に伝わるゴロゴロを鳴らしていた。子どもが産まれて。最初の二か月弱は子どもを寝室だけで育てていた。猫にすぐ会わせて良いものかわからなかったし、嫉妬深い猫もいたのでお互いのために別にしていた。ところが、あの女はとにかく執拗に寝室に入ろうとしていた。後ろ足をしっかり地面に吸い付け腰を落とし、両手でロックしていた引き戸を必死に引っ張る。その後ろ姿はどう見ても猫ではなかった。そしてついに子どもと猫を対面させたその日から死ぬまで、あの女は一日たりとも子どもから離れなかった。帰省のためわたしと子どもらだけで家を空けた日は、一日中狂ったように家の中を探し回り、せつない鳴き声で子どもを探し求めたというのは留守番をしていた夫の談だ。あの女は子どもに毛をむしられても尻尾を引っ張られても耳をしゃぶられても文句ひとつ言わず、大人が叱るとアキレスけんを狙って齧りついて怒り狂い、常に子どものそばに寄り添って喉を鳴らし、ひ孫を三文安に育てることに命を懸けたわたしの曾祖母のようであった。そんな女に子どもらもとても懐いていたし、オムツとランニングで眠る夏の昼寝の写真のほとんどに、添い寝するあの女が写っていた。(冬の写真は布団の中だったので残念ながら写っていない)今週に入って上の子が、あの女の名前を出すようになった。猫がいたらきっと喜んだね、猫にも見せてあげたいね、猫が好きだったやつだ。わたしはどう答えていいのか分からなかった。子の中でもうあの女には会えないことが確定していて、できないことを前提に話していた。炉にあの女を送り出すときに、普段とは違ったはっきりした発音で「さようなら!」と叫んで名前を呼んで泣き続けていた子。五年しか生きていないくせに、しっかりとわたし以上に受け止めていた。あの女とは一体なんだったんだろう。猫だったんだろうか。見た目は多分猫だった。ところどころ茶と灰の縞のあるベージュの豊かな毛並みに、ピンク色の両耳、橙色の鼻、黄緑色の瞳を引き立たせる真っ黒な隈取、なぜか目じりには朱を走らせたようなワンポイントがあった。尻尾は長くまっすぐで、肉球はピンクと黒、つま先の毛皮も黒かった。肉球のことを思うとき、死んでしまったあの女の肉球が最後まで柔らかかったことを思い出して、悲しいとも寂しいとも違う空っぽの気持ちになる。嫌がるあの女の肉球を押して爪を出して爪を切る。その動きを空中でやってみる。なぜかあの女の爪の中の肉は黒く、爪を切るときにわかりやすくてよかったなあと思った。好きだったんだと思う。10年弱一緒に過ごして、いいことも悪いこともあの女を抱きしめてやり過ごしてきた。一晩中不安を打ち明けたこともある。面倒くさそうに耳だけ立てて、だみ声で適当な相槌を打って、報酬を要求するように尻を向けて叩かせてきた。あんまりにもその要求が激化して、本当にこんなに叩いていいものか不安になって動物病院へ相談へ行ったこともあった。あの時は恥をかいた。ばかものめ。あの女は猫だったけれども、わたしの友だちだった。そして娘だったり姉だったり妹だったりなんかよくわからないけれども、女家族の一人だった。いま、かなり普通に生活できるようになってきた。と言っても、以前の6割くらいの出力しか出ない。食事の用意をしながら何を作っていたのか分からなくなったり、すでにどこにもレシピもない手と口が覚えていたはずの料理が途中で分からなくなったりして、家族にはずいぶんと迷惑をかけた。今でも日が暮れるころ16時になると、さて何を作ろうかと誰も座っていないソファに向かって話しかけるし、誰もいないソファを軽くたたいてしまう。そこをたたいても誰も返事はしない。冷たくて柔らかいクッションがあるだけで、柔らかな毛皮とその下の肉と骨と体温はない。あの女は今どこにいるんだろう。わたしの左となり、風の通る窓辺に骨壺がある。毎朝夫があげる線香はもうすべて灰になっている。そこにあの女がいるかどうかと聞かれると、いないと答えると思う。あの女の魂は骨にはない。毛皮に耳に隈取に肉球に尻尾に、柔らかな毛皮と肉に覆われた骨にある。ここにあるのはあの女の体を支えていた何かではあるけれども、抜け落ちた爪と同じくらいのものでしかない。タンスの中、洗濯したのにわたしのスカートの裏側に張り付く抜けた毛のほうがよほど存在を感じる。それでもわたしたちは毎日この小さな骨壺に線香をあげる。どこに意味があるのか分からない。けれども、その儀式を続けている。そこにいないと分かっているのに。